2013年07月07日

輝きの記憶〜愛しきものへ



 忘れられない記憶がある。
 あれは丁度この日、この場所だったか―――。





 開けた丘に出ると、目の前には曇りの無い星空が広がっていた。思わず感嘆の声が漏れると、ここに誘った姉弟がくすくすと笑う。弟の方が、流れる様に輝く星々付近の二点を指す。
「あの2つの星は恋人同士で、年に一度、この日にしか会えないんだって。お願い書いた紙を笹に吊すと、叶えてくれるんだ!」
「……星に自我など無いし、こちらから見て近付いてはいるが、実際の距離は遠く離れている。書いた願いが叶うならこうはなっていない……子供騙しの作り話だな」
 思うがまま、素直な感想を口にすると、少年は呆れた様な、がっかりした様な目をした。
「  、夢、無さ過ぎだよ〜」
「夢?」
 何だそれは、と目で問うと、少年はもう良いよ、と面倒そうに首を振った。全く訳が分からない。不服そうな顔をしていると、姉の方が真上を指した。
「そうね……御伽噺以外なら、あれなんてどうかしら」
 顔を上げると、指先の向こうには強い輝きを放つ星が一つあった。
「あの星はね、私達から見てずっと同じ位置にあるの。世界の何処に居ても。道に迷った時、あの星を方角の目印にする事が出来るの」
「……なるほど」
 今度は素直に頷く。それを見て、少年は不満そうな顔をした。
「姉さんの話なら素直に聞くんだ?」
「納得出来るならば肯定し、出来ないなら否定するものだと思っていたが、違うのか」
「合ってるよ、合ってるけどさぁ」
 溜め息を吐き、少年はその場に大の字で仰向けになった。
「暇潰しに、星とか万象について想像する物好きなヒトも居るって事だよ」
「…………やはり、ヒトの文化は分からん」
 夜露に濡れた地面に腰を下ろしながら、そう呟く。他人に勝手に設定を付けられるなど、考えたくもない。自分の事は自分にしか決められない。少なくともこの時はそう考えていたし、今もそうだ。
「これから分かれば良いのよ。まだまだずっと、私達は一緒に居られるもの」
 女性に頭を一撫でされると、体感温度が急激に上がるのを感じた。風が変わったのだろうか。やたら暑い。
「こっ、子供扱いするな!」
 ふてくされた様にやや乱暴に背中を地面に着け、曇らぬ空の輝きを眺めていると、知らぬ間に溜まっていた疲労が瞼を閉じさせていた。彼女が出す優しい旋律が風と共に頬を撫でるのを感じながら。


 目を開けると、視界からはあの輝きが消えていた。否、厚い雲に覆われているだけで、向こう側には確かに、変わらぬあの輝きがあるのだ。変わってしまったのはこちら側だけだ。
 そっと手を挙げ、記憶を辿って星の流れがある筈の位置と、ヒトにより恋人同士と設定付けられた二つの星、それから真上を指す。あれから数千年もの歳月が流れたそうだが、つい最近まで深い眠りに就いていた彼にその実感は無い。愛する世界の姿は変わり、母とも本体とも呼べる樹も新たな姿となった。だが、世界の向こうにある空は当時の姿を留めている。
「……不公平だ」
 あの旋律はどんな詞が付いていたのか――全く思い出せない。最近誰かが唄っていた気もするが、それもはっきりとは覚えていない。世界に置いて行かれている様な、そんな感覚を覚え、彼は自嘲気味に笑う。美しき世界の守護者は、いつからこんなに軟弱になってしまったのか。これでは、益々立場が無くなってしまうではないか。
 幾度か肩を震わせ、彼は起き上がって空を仰ぐ。あれは星を讃えるものだっただろうか。曖昧な記憶だが、旋律だけははっきりと覚えている。そっと目を閉じ、あの空を瞼の裏に映す。本当はもっとこう、雄大と言うか、そんな歌なんだけどね。そう言って、照れ臭そうな笑みを浮かべていた彼女の声が蘇る。良い様に旋律を変える癖は、しっかり身体に移り、受け継がれてしまった様だ。本来の旋律は聞けず終いだったが、今の気分と、あの空に重ねて旋律を口ずさむ。

 愛する世界と、愛した者に。
 無くしてしまったあの頃の自分達に。
 もう戻れない、地獄の中の楽園に。
 今は、今だけは。
 聴く者はもう居ないけれど。
 小さな世界の小さな存在の声よ、あの下らない御伽噺の様に、届け。

 遥か上空を通過した船から、同じ旋律が聞こえた気がした。

posted by 頼霧 来須 at 00:00| マイソロ連作 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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